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太田キッズ学びぃ 初のフィールドワーク

8月もお盆を過ぎ、巷の子どもたちにとっては、夏休みも残りわずかとなりました。
宿題や課題に励む傍ら、長期休みを利用して家族や友達とレジャーを楽しんだり、スポ少やクラブ活動に汗を流したり、貴重な夏を満喫していることと思います。

この夏、心に残る思い出はできましたか?

さて、少し時は遡りますが、7月25日からの3日間、太田文化プラザで「太田キッズ学びぃ」が開催され、夏休みに入ったばかりの地域の小学生が、ボランティアの先生たちの指導のもと、元気に自学自習へと取り組む姿がありました。

例年、地元小学生の自学自習の場所として開催しているこの「学びぃ」ですが、この夏は活動の場所を外にも広げ、初のフィールドワーク体験学習を実施しました。
実施したのは日程最終日となる27日(金)の午後。
参加した19人が、自分たちの住んでいる「太田地域の一番」を探して、川口渓谷にある「オブ山の大杉」に会いに行きました。

オブ山の大杉は、真木真昼県立自然公園内の川口渓谷にある、幹回り12.4m、樹高34m、樹齢1200年以上とされる巨大な天然杉です。
その幹の太さは秋田県一(東北で三位)とされ、林野庁の「森の巨人たち100選」にも選ばれており、太田地域が誇る貴重な自然資源の一つです。

今回参加する子どもたちは皆、オブ山の大杉とは初対面。
中には山に行くのが初めてという人もおり、期待に胸を膨らませながら、オブ山の大杉を目指して元気に夏の山道を進む皆さんに、私も同行してきました。

午後1時、川口渓谷遊歩道のゲート前に集合した皆さん。
ここからおよそ1時間かけて、目的地へ向かいます。
ガイドの倉田陽一さんは、午前中のまなびぃでもスタッフとして勉強を教えてくれた先生の一人です。

オリエンテーションをした後、男子の班、女子の班に分かれいよいよ出発します!

この日の天気は快晴。

午後の強い日差しの中、遊歩道を進むことおよそ15分、オブ山の大杉へと続くルートの入り口の看板が見えてきました。
看板の案内にそって遊歩道を外れ、坂を下ると、目の前に沢が表れます。

オブ山へ行くにはこの沢を越えなければなりません。

好天が続いていたことから、沢の水位は浅め。
子どもたちが沢を渡りやすいように、ガイドの倉田さんと随行の公民館スタッフが先に沢に入り、大きめの石を寄せ集めて足場を作ります。
さらに、スタッフ2名が両岸から沢にぴんと張ったロープをかけ、子どもたちの沢渡りをサポートします。

子どもたちはロープにつかまり、転ばないように足場を捉えながら、慎重に沢を渡ります。
何事もなく、無事に全員が沢を渡り終えました。

オブ山への入り口は、茂みを分け入った少し急な坂道から始まります。
これまでと違う光景に、沢渡りという関門を終えたばかりの子どもたちから、「えっ!ここを登るの!?」という声も。

そう、ここからが本番です。
大杉がある、標高450メートル地点まで、いざ出発。急な坂を四つん這いになって登ったり、大きな倒木や突き出た木の枝を飛び越えたりくぐったりしながら、くねくねとしたつづら折りの道を進んでいきます。

最初は声を上げていたみなさんでしたが、道を進むにつれ歩くのに慣れてきた様子。
通行を妨げている倒木も、怯まず乗り越えていきます。 普段あまり見ることのない山の中の光景に興味津々の子どもたち。
さあ、目的地はもう少しです。

 

登り始めてから約30分、やっと会えました。
これが、オブ山の大杉です!

取り巻く周辺の木々もなかなかの大きさですが、それをはるかに上回る幹の太さ、途中から2本に分かれた異形の幹が、他の木にはない存在感を放っています。

子どもたちは始めて見るオブ山の大杉に近づき、上を見上げたり、優しく幹にさわったり。
最後は参加した19名全員が木の周りで手をつなぎ、ぐるっと一周。
樹齢1200年の風格を体感していました。少し休憩した後、元来た道を引き返して下山します。
下りは、登りの時よりペースが速くなりがちなため、随行スタッフが列の間に入り、歩調を保ちながら進みます。

そうしてしばらく下山していると、大人の手のひらサイズもある巨大なカエルと遭遇しました!
女の子たちは声をあげ距離を置きますが、男の子たちは興味津々の様子。カエルには少し迷惑だったことでしょうが、少しだけふれあいを楽しんだ人もいました。
こうした出会いがあるのも自然界ならではの醍醐味です。

無事に下山したあとは、先ほどの沢を渡り、3時50分ころに再び遊歩道のゲート前に到着。川口渓谷を後にしました。

終わってみて、子どもたちに感想を聞いてみると
「山を登ったのは初めて。山を登る人はこんな道を通っているんだと知った。途中、急な坂や狭い道で大変だったけれど、探検みたいで楽しかった。」
「(オブ山の大杉について)話で聞いたことはあるけれど、実際に見たらおもしろい形の木だった。木の根元に大きな穴が開いていて、何か動物の棲家みたいだった。」
中には、「あんなに大きなカエル、始めて見た...」と、オブ山の大杉と出会えた感動を巨大ガエルに持って行かれた人もいるようですが、いずれにせよこれらの体験は子どもたちにとって、ひと夏の貴重な思い出となったに違いありません。

自分たちの住んでいる「太田地域の一番」を探すフィールドワーク。
大杉の大きさが一番、カエルの大きさが一番、この探検の楽しさが一番と感じた人もいたかもしれません!

参加されたみなさんは、夏しかできないこの貴重な体験を夏の武勇伝の一つにしてもらえたらと思います。

 

わらび座・鈴木裕樹さん 成人式で講演(公演)

8月15日、大曲市民会館を会場に新成人599名が出席し大仙市成人式が開催されました。

記念アトラクションとして今年は、劇団わらび座の舞台俳優である太田地域出身の鈴木裕樹さんの「成人おめでとうステージ」が行われました。

裕樹さんの持ち時間は30分、ちょっとした歌やお芝居をするのかなと思っていたところ、ステージには演台とマイクがセットされ、あれ?公演ではなくお話しをする講演でした。裕樹さんの講演要旨を紹介します。

みなさん、成人おめでとう。
成人したからと言って自分の内面はそんなに変わらないし、成人だという自覚もあまりないと思う。でも、自分の経験からして、親は自分の子どもが成人したことに何か特別なものを感じていると思う。
私は今36歳、6歳になる娘がいる。仕事をしながら子どもを育てるというのは大変だと感じている。子どもは朝起きて寝るまで遊ぶことばかり考えている。娘にお父さん遊ぼうと言われて、子どもと一緒に遊びたい気持ちと、子どもについていけない体力との葛藤は大変なものがある。
娘が3歳の誕生日の日、ちょっと目を離したすきにアパート2階の階段から転げ落ちて救急で診てもらった。幸い娘は大事には至らなかったが、その病院の帰りに右手で娘を抱き、左手で娘の誕生祝いのピザを持ち、今度は自分が階段でつまずいてしまった。両方の手がふさがっていたために娘をかばうことが出来ず、娘が大量の鼻血を流しているのを見て、自分の不注意で娘にけがをさせてしまい、オレは何をやっているんだ、自分をぶっ殺してやりたいと思った。幸運なことに娘の顔に傷跡は残らなかったが、このような親と子のたくさんのエピソードが積み重なって今がある。これまで育ててくれた親に感謝のことばを伝えたら、素敵なことだと思う。

今年6月に大阪公演があり、ホテルで朝食の最中に大きな地震があった。
小学校のプールのコンクリート壁が地震で倒壊し、女の子が犠牲になった日である。
私は大きな揺れを感じてすぐに避難したが、中国人観光客は避難することなく大声で日常会話を続けていて、あ然とした。彼らは何をおおげさに、ビビり過ぎだなどと思ったかもしれないが、東日本大震災を経験した私は、わずか数時間で日常のすべてが無くなることを忘れないようにしている。
結婚して子どもが生まれ、守っていかなければならない家族を持ち、家族を守るためには自分の命を守らなければならないことに気がついた。大変なことが起きた時、自分の命を守るためにはどう行動するかを考えるようになった。自分なら大丈夫とか、逃げないのは男らしいとかといった考えは間違い。自分の命を守るため、家族を守るためには、カッコ悪いなどと思っていては責任が取れない。

私は先生になるために秋田大学に入ったが、入学後は勉強が面白くなく、目標が持てずにバイト、飲み会、麻雀などに明け暮れた結果留年が決まり、大学をやめると親に伝えた。
このとき私は、自分がやりたいことしか続けられない、いいかげんな人間だと分かった。
みんなは、まず教員免許を取って、それからやりたいことをやればいいと言うだろうが、私はそれができなかった。まわりの人たちができていることが、私にはできない。
親にはたいへんな思いをさせた。
それなら自分には何なら続けられるか、ずっと仕事としてやっていけるかを考えたとき、小さなころから歌うことが好きで、また目立ちたがり屋であったことを思い出し、人の前に立ってお芝居をすることなら続けられる、そしてそれが仕事になるならという希望が持てたので、わらび座に飛び込んだ。歌えない、踊れない、芝居もできない、全くの素人であったが、わらび座養成所での生活は充実していた。
そして28歳のときに「アトム」の主役トキオ役を演じた。これは手塚治虫のアトムを下地にしたミュージカルで、アトムは出てこないがアトムの心を持ったロボットが、親友のロボットを人間に殺され、その復讐のために人間を殺そうとするみんな(ロボット)を引き留める役であった。広島で終演後にロビーでお客さんをお見送りしたとき、年配の男性からくしゃくしゃにしたアンケート用紙を渡された。それには、自分にとって大事な人を殺されたやるせなさや悲しい思いはこんなもんじゃない、といったようなことが書かれていた。このとき私は、大事な人を奪われた人の想いを全く理解できていなかった、自分の仕事が観る人に届いていなかったと気づいた。

私の仕事は、観る人に、前を向いて歩きだそうというインパクトを与えることだと思っている。いま私は、自分の仕事にやりがいと責任と誇りを持って日々、舞台に立っている。
自分にとってのターニングポイントは、24歳で大学を辞めたときだったと思う。
自分の人生、リセットはできないがリスタート(再出発)は何度でもできる。
いま私は36歳、必死になって舞台に立っている。

3年前に私は「どどぉ~ん!大曲花火物語」で創造花火の発案者である佐藤勲さん役を、ミュージカル「為三さん!」では主役の成田為三役を演じた。佐藤勲さんは1987年にドイツで創造花火を上げた。当時は西ドイツと東ドイツとの国境は「ベルリンの壁」で仕切られていたが、その時に「ベルリンの空には壁がない」とスピーチしたと言われている。花火は必ずしも丸くなくていい、四角でも三角でもいいじゃないか、という佐藤勲さんの発想から創造花火が生まれた。大曲の花火を押し上げた素晴らしい人である。成田為三は、秋田の田舎から東京に出て、さらにはドイツに留学し、日本を代表する作曲家となった、これまた素晴らしい人である。秋田で生まれても、秋田にいても、このような素晴らしい仕事をした人たちがいる。
私は自分が生まれ育った秋田が大好きで、秋田で好きな仕事をしている。
新成人のみなさん、できれば秋田で結婚し、秋田で子どもを育て、秋田で生きていって欲しい。私の願いである。

ステージ終了後、裕樹さんの楽屋へ伺うと「いや~きょうのステージは大変でした。お芝居の方がよっぽど気が楽です(笑)」との感想。講演の最後には、「どどぉ~ん!大曲花火物語」と「為三さん!」の挿入歌を歌う場面もありましたが、新成人への講話ということでとても気を張ったようでした。

講話では、どのエピソードも新成人へのメッセージが強いものでしたので、記憶の限りお伝えしようと努力しました(笑)
地元で頑張る先輩、36歳という年の近い先輩が話す言葉に、新成人の皆さんも真剣な表情で耳を傾けていました。
「親への感謝を忘れずに」「自分のため、家族のために命を守ることの必要性」「人生のリスタートは何度でもできる」「秋田で生きて行ってほしい」
裕樹さんのメッセージ、新成人の皆さんに確かに響いたと思います。
裕樹さん、講演ありがとうございました。

おおたはなだより №19 ~和賀岳・薬師連山の高山植物 ver.~

7月18日にニッコウキスゲ観賞和賀岳登山の様子をブログで紹介しましたが(「7月8日ニッコウキスゲ観賞和賀岳登山」)、今回はその登山でみられた高山植物を紹介します。

 

1) ニッコウキスゲ(日光黄管) ユリ科

(※ こちらの写真は広報広聴課の岡田さんが撮影し、広報8月号の表紙になったものです)

7月18日に投稿したブログでも紹介しましたが、今回の観賞登山のメインを飾る花です。薬師平に群生しており、晴れた日の空の青色と花の黄色と緑のコントラストはとても綺麗です。
この花の満開と青空に毎年出会うことは難しいため、その場面に出会うことができたら、幸せになれる、、、かもしれません(^^;

 

2)ウラジロヨウラク(裏白瓔珞) ツツジ科

湿気のある林内や草地に生えています。別名をツリガネツツジといい、筒状の花が下向きについています。高山植物の本などでは紅紫色のものが多いですが、今回みられたこの花は色が淡いものでした。

 

3)チングルマ(稚児車) バラ科

和賀岳・薬師連山の中では、和賀岳頂上付近に群生をなし、湿り気の多い場所を好みます。小ぶりな花で白と黄色と緑の色合いがかわいらしい花です。

 

4)ギンリョウソウ(銀竜草) イチヤクソウ科

ブナ林の林床に生え、落ち葉などに寄生する腐生植物。
別名ユウレイタケと呼ばれ、湿り気のある所にあります。少し不気味ですが、じっくりみると透き通ったように見える姿がきれいでした。

 

5)コバイケイソウ(小梅蕙草) ユリ科

和賀岳・薬師連山では尾根沿いの草地でみられます。有毒で、誤食すると死にいたることもあるので注意が必要です。

 

まだまだたくさんの花がみられましたが、今回撮影した高山植物は5種類。和賀岳・薬師連山では時期により様々な高山植物がみられます。一度だけではなく何度でも訪れて季節の花々をお楽しみください(^^)♪

 

※ 高山植物は採取することが禁止されています。綺麗だから、珍しいからといって登山道以外の区域に入ったり、花を摘んだりすることは絶対にしないでください

 

「お互いさまスーパー」の可能性

「お互いさまスーパー」って聞いたことありますか?県内には3か所、五城目町の「みせっこあさみない」、由利本荘市の「赤田ふれあいスーパー」、羽後町の「仙道てんぽ」があります。
「お互いさまスーパー」は、住民自らが主体となって買い物の場となるミニショップを開設、運営する取り組みです。地域住民の買い物の場としてだけでなく、集いの場となり、働く場となり、農産物や山菜などの地域資源を活用する場にもなっています。

8月6日、仙北地域振興局で、この「お互いさまスーパー」についての説明会が行われました。太田支所では、買い物支援は将来直面するかもしれない課題ととらえ参加しました。また、この日はインターンシップで高校生が太田支所を訪問していましたが、若い世代にも地域の課題を感じとってもらいたいという想いから、同行してもらいました。
この説明会は、県の「あきた未来創造部活力ある集落づくり支援室」の主催、田原室長は開会の挨拶の中で、「秋田県は全国1位のペースで少子高齢化が進んでおり、これまでの集落活動が困難になってきている。3年後・5年後・10年後にこの地域で暮らしていくことを見据えて、同じ課題を抱えている地域を参考にしてもらいたい」と説明会の意義について語りました。その後、ガイドブックに基づき、既設3店舗の取り組みについて、また設立・運営の手順や手法について説明がされました。
県内3か所の「お互いさまスーパー」はいずれも平成28年3月のオープンで、中には元々児童館だった建物を利用しているところがあったり、食堂が併設されているところや、直売所がある店舗があったり、交流スペースがある店舗もありました。法人として取り組むところも、任意団体として取り組むところもありますが、任意団体では、開店に伴う仕入資金に地域住民の寄付を集めたことなど、どこの取り組みにも地域の活性化を望む強い想いを感じ、創意工夫がありました。
その後、コンサルタントのプロから経営について講話があり、最後に羽後町の「仙道てんぽ」の土田代表取締役と羽後町職員の佐藤主任から、実際の取り組み方について説明がありました。
仙道地区の取り組みは、平成15年から始まっています。JA購買部の閉鎖により、地域に食品を扱う店舗がなくなることを不安におもった住民有志が運営委員会を設立させ、商店の運営を引き継ぎました。平成19年には運営委員会を発展させた「株式会社仙道てんぽ」を設立し、順調に運営をしてきました。平成26年頃から売り上げ減少と設備の老朽化により、運営維持に不安が出てきたそうですが、平成27年に県の「お互いさまスーパー創設事業」を活用することができ、店舗に交流スペースや直売所の新設、設備の整備を実施し、秋田県内の「お互いさまスーパー」1号店として開店しています。県内でもモデルとなる先進地だと感じました。ちなみに「仙道てんぽ」の売れ筋ベスト3は、1位:ビール・酒類、2位お菓子、3位アイスクリームだそうです。ビールやお菓子は地域行事でも必須アイテムですから、需要が高いのも納得です。アイスクリームも、なるほど溶けない距離って大事ですよね。

説明後の質疑応答では、「立ち上げのときの補助金のほかに、経常的に県や市町村からの補助金はありますか?」「赤字になりませんか?」「法人でない場合の出資金は?」などの質問がありました。参加者の皆さんが説明を聞く中で、「お互いさまスーパー」を必要な事業と感じ心配な点を確認している印象を受けました。

同行した高校生の意見を聞いてみると
藤原玲央さん:「お互いさまスーパー」の存在は初めて知った。説明を聞いて、経営はギリギリで難しい点もたくさんあると知った。運営も来客も地域住民であるため、売る側と買う側の距離が近く、ニーズに応えることができるのは、他の店にはなかなかできないことなので良いと思った。また、送迎サービス、配食サービスなどが考えられていて、「売上向上」と「来るのが困難な高齢者への配慮」と一緒にでき、太田にも「お互いさまスーパー」がつくられることになったら、これらのサービスを導入してほしいと思った。
加藤那菜さん:太田の中心部にはスーパーやコンビニがあるが、東側にはないので「お互いさまスーパー」があれば良いと思った。太田地域には、地元産のいい野菜がたくさんあるので、それを活かすように取り組めれば、より良いと思った。

説明会直後は「難しかったです」と言っていた2人も、しっかりとした意見を持っていました。買い物というテーマは、高校生にとっても身近な問題です。一緒に話を聞き、事業を理解し意見を持ってくれたことは、大変頼もしく感じました。藤原さん、加藤さん、ありがとうございました。

「お互いさまスーパー」について、太田地域では具体的に取り組んでみたいとか、検討しているということは、まだありません。現在、太田地域では登録制ではありますが、区域型の乗合タクシーを使用することで、スーパーへの買い物手段は保たれています。ただ、この区域型乗合タクシーも年々利用者が減少し、住民のニーズに合っているのか検証が必要となっています。買い物支援は、生命活動を支える大事なテーマです。このブログにより、「お互いさまスーパー」について知り、買いたい側の人と売りたい側の人が「お互いさま」に、事業の可能性について感じていただければと思います。
高校生と一緒に学んだためか、いつも以上に思いが強く、長くなってしまいました(笑)
最後まで読んだくださった皆様、ご清読ありがとうございました(笑)

儚きもの・・・

私は心躍りましたが、嫌いな方もいるかもしれない、そう思いながらも見せたい気持ちが勝りました。虫の嫌いな方にはすみません。

木々に囲まれた太田庁舎、庁舎前の歩道を歩いていると縁石に並んだセミの抜け殻が!
なぜこんなこところにというきわどい場所に、キレイに並んでいる様子に心躍ってしまいました。ちなみに支所の中でも心躍るタイプの人と、ちょっと引き気味の人と2分しています(笑)
すぐ近くに木があるのに、なぜここに。セミの儚い一生をさらに儚く思わせる所業に、少しの切なさとクスッと笑えるおかしさが。気になって、あたりの木々を見渡してみると、あちこちに抜け殻の密集地帯が。ここに通って6年目の私もこんなに多いのは今年が初めてかもしれません。

よくセミの寿命は一週間と言われますが、実は一か月ほどは生きるそうです。成虫のセミの飼育はかなり難しく、飼ってみたら1週間ほどで死んでしまうケースが多かったため、そのように広まったようです。
儚きものの整然と並ぶ姿に、なんだか例年より存在感を感じた夏の一コマでした。

夏色グリーンで涼を感じて

毎日暑いですね。「暑い・・」とボヤいたところで、涼しくもならないので、少しでもクールな話題を探そうと、車のエアコンをガンガンにしてお出かけしてみました。
太陽がサンサンと降り注ぐ中、そうそうクールなこともないのですが、見渡すと緑の濃さに心が動かされます。今、太田は夏色グリーンが美しい!生命力を感じる緑の濃さが、次々と目に飛び込んできます。

大台スキー場から仙北平野を望む。夏雲、青空、スキー場の緑、木の緑、田んぼの緑。夏色ですね。

 

田んぼの向こうに大台スキー場。稲の緑が爽やかです。

 

整然と並ぶ大豆。緑が濃い!

 

緑の田んぼの向こうに鳥海山。清々しいですね。

 

植物を窓辺に植えたり配置したりして、緑のカーテンで涼を演出するだけあり、緑色に涼しさを感じることってありますよね。この太田の夏色グリーンだって、クールな話題になるのでは?
涼を感じさせる色と言えば、青空や海などから青色が思い浮かびますが、ここ大仙市では海がないため、ことさらに緑に涼を感じてしまいます。

キレイに撮れたなと思った写真を課内でお披露目したところ「パソコンのデスクトップにしたい写真ですね」と若いメンズが一言。なかなか上手な褒め言葉♪と思いながら、そんな涼のとり方もいいかもと思ったり。皆さんにも太田のグリーンで少しでも涼を感じていただけたら幸いです(笑)

大仙を学ぼう!夏休みの「ふるさと博士育成」事業

大仙市教育委員会では、子ども達のふるさとを愛する心を育て、地域の将来を担う人材の育成を目指すことを目的に、小学校3年生から中学校3年生までを対象として「大仙ふるさと博士育成」事業に取り組んでいます。
この事業はポイント制になっており、地域行事への参加や、企業・施設等での見学・体験など地域と関わる活動をすることで、見学や説明を聞いた場合は1ポイント、体験活動を行った場合は2ポイント、運営のお手伝いなど貢献するような活動を行った場合は3ポイントです。そして、たまったポイントに応じて10ポイントで初級、30ポイントで中級、60ポイントで上級、100ポイントで名誉博士に認定されます。夏休み直前の7月18日時点では、ふるさと博士の認定者数は、名誉博士が6名、上級が22名、中級が483名、初級は2648名にものぼります。

この「ふるさと博士育成」事業に、より取り組みやすくするために、毎年夏休みや冬休みには「企業見学DAY」が企画されています。大仙市内の企業や施設を見学・体験活動ができるよう参加者を募集し、毎回募集人員を大幅に上回る申し込みがあるそうです。そして今年の夏休みには、新しく「ふるさと農業体験DAY」が追加されました。今回、農業体験を受け入れてくれたのは、太田の太田農業振興情報センター、大曲のアグリフライト大曲、協和の農業組合法人たねっこの3施設です。

7月25日(水)に行われた、太田農業振興情報センターの「ふるさと農業体験DAY」の様子をお知らせします。
太田の広報担当として、また小学4年生の保護者として、この事業の良さを伝えたいと思い参加申込しておいたのですが、やはり人気でした。定員に間に合ってよかったと、一安心。生徒児童が24人と保護者が20人、気温32度をマークする午後の時間帯にもかかわらず、みんな楽しみに来ているのが、表情でわかります。まずは、センターの2階会議室で木村喜代美所長から研修施設の説明がされました。「ここは農業を仕事にしたいという人達が勉強するところです。今は9人が勉強していて、3人の先生がいます。野菜や果物を育てていて、ハウスが大小10棟、畑は6600㎡、そのうち3分の1ほどが果樹です。今日はブルーベリーの摘み取り体験をしてもらいます。自分で獲ったものは、持ち帰ってお家で食べてくださいね」一人ひとりに摘み取ったブルーベリーを入れて帰る容器が配られました。また木村一虎先生からはブルーベリーの説明がされました。「この研修施設のブルーベリーは、5品種ありましたが、植えてから15年と長くなり、品種の違いはわからなくなりました。色の濃いものでぽろっと手でとれるのが熟していて甘いですよ。消毒していないので、摘み取ってそのまま食べても安心です。白い粉がついていることがありますが、植物が自分の身を守るために出した粉なのでそのまま食べられますよ」何度となく足を運んでいる農業振興情報センターですが、自身も学ぼうと思ってきたのは初めてです。参加者の中で一番真剣にメモを取ったのは私のような気がします(笑)無農薬のブルーベリーに想いを馳せて、いよいよ暑い外に出ていきます。
外では研修生が待機しており、先生役になって摘み取りの仕方を教えてくださいます。ただ立っているだけでも汗が落ちてきますが、摘み取りを始めると暑さも忘れます。一度にたくさん収穫したい母と対照的に、我が家の娘さんは、黒っぽくて大きめで傷んでいないブルーベリーを選別しながら丁寧に摘み取っていきます。待っている時間に、研修生の方に聞くと○○ベリーと名のつくものでも、分類はそれぞれ違い、イチゴ(ストロベリー)などは「バラ科」なのに対し、ブルーベリーは「ツツジ科」になるそうです。大人も勉強になります。より熟している実を探しながら、夢中で摘み取っているとあっという間に、持ち帰りの容器がパンパンになり、そろそろ終わりです。汗を拭きながら、センターの2階会議室に戻ると、参加者全員で食べられるように、茹でたトウモロコシが準備されていました!うれしい心遣い♪今回、研修施設では「楽しい夏休みの一日を農業体験して過ごしてもらいたい」「農業研修施設は、おいしいものがたくさんあるところだと思ってもらいたい」と、子ども達を迎えてくださいました。
研修施設では、野菜や果物の栽培を通じ、手間と愛情を注ぎ大きく美味しく育てることを日々実践しています。その大事に育てた美味しい野菜や果物を感じてもらうことで、農業への関心が高まる気がします。農業のプロのおもてなしは、気取らなくてもありのままで、大仙の良さを伝えてくれていると強く感じました。
参加された皆さん、農業振興情報センターの皆さん、暑い中お疲れさまでした。
この日ゲットした2ポイントは、特別に暑くて熱いポイントな気がします。小中学生の皆さん、「ふるさと博士」の認定を目指して、これからもがんばってくださいね!

「太田分校レストラン」 OPEN!!

7月17日(火)、中里温泉レストランを会場に「太田分校レストラン」がオープンしました。
会場には、地域内外から多くの人々が訪れ、ここでしか味わえないオリジナルメニューを楽しみました。

太田分校(秋田県立大曲農業高校太田分校)レストランは、地域の魅力再発見事業の一環として、太田支所と太田分校、中里温泉の3者が企画。
地域の活性化推進と、高校生の将来に向けた経験値向上(体験実習の場)をめざして、地域住民の憩いの場である中里温泉レストランを会場に、毎月1回ずつ来年1月までの計7回にわたって開催するものです。
太田分校で「フードデザイン」を学ぶ情報教養コースの生徒7名が、メニューの開発から当日の運営にまで携わり、太田分校のほ場で作られた無農薬野菜や、太田地域産の旬の食材をふんだんに使ったランチが提供されます。

初の開催となったこの日は、かねてからオープンを待ちわびていた多くの方が開店前からレストランに並び、予定していた限定50食はあっという間に完売。
大繁盛のうちに終了となりました。
オープン当日、生徒の皆さんは朝から大忙しでした。

朝9時、情報教養コースの3年生6人が中里温泉レストランに集合。
厨房での調理補助、ホールでのウェイター・ウェイトレスの役割を確認しながら、11時のオープンまで2時間の間に、お客さんを迎えるために開店の準備を整えました。


11時のオープン直後からお客さまが続々と訪れ、レストランは満席状態に。
以前、準備の段階からメディアに紹介されるなど、大きな反響があったこともあり、仙北市や美郷町、遠くは男鹿市からなど大仙市以外からはるばる足を運んでくださった方もいました!

今回のメニューは3年生の戸部萌夏さんが担当。
煮込みハンバーグデミグラスソースを主菜に、夏野菜とカニ入り厚焼き玉子、ブロッコリーとカリフラワーのチーズ焼きなど、暑い夏を元気に過ごせるようなボリュームのあるお弁当です。

お客さんに感想を聞いてみると、
「とっても美味しい。それに固いものがなく、歯が弱い高齢者にはうれしい弁当。おかずがいっぱいでご飯が食べられない(^^)」
コメントからそのボリューム感が伝わってきます。

中には、昨年まで太田分校に在学していたOBの姿もありました。
「今年3月に卒業したばかり。今日は運よく仕事が休みで、自分で働いたお金で後輩が考えたランチを食べに来た。うまい!」
後輩の頑張りを誇らしげに見守ります。
中には、太田地域食生活改善推進委員(ヘルスメイト)さんの姿もありました。
会長の小松ミホさんは、
「彩り豊かで、普段行くようなレストランメニューにはない新鮮さがある。若い感性が活きているような気がする。今、ここでしか味わえない限定50食なので、今日は食べることができて良かった」
と、料理のプロからも大好評の様子でした。

一方で、生徒の皆さんとっては初めてのレストラン営業。
ホールや厨房で、慣れない作業にとまどう場面もありましたが、みんなで声を掛け助け合いながら、ていねいに、一生懸命に対応していました。
 

さて、次回、8月の太田分校レストランは8月28日(火)にオープンします。
今回は、一気にお客さまが訪れることを予想し整理券を配りましたが、あまりの盛況ぶりに席が空かず、長時間お待たせしてしまった方も多くいらっしゃいました。

そこで、次回開催時からは、次のとおり時間帯ごとの完全予約制で営業することとしました。

・期日 8月28日(火)
①11時~12時  20食
②12時~13時  20食
③13時~14時  20食

予約受付開始は8月6日(月)から中里温泉(電話0187―88―1471)で受け付けますので、今後の情報にご注目下さい。

化学肥料や農薬を使わず、しっかり栽培管理した太田分校産のコメや野菜をふんだんに使ったメニューの「太田分校レストラン」。
ここでしか味わえない美味しいメニューからはもちろん、高校生が頑張るその姿からも元気をもらえること間違いなしです。

数量限定ですので、ご予約はお早めに♪

ニッコウキスゲ観賞和賀岳登山

平成30年7月8日(日)太田支所市民サービス課主催のニッコウキスゲ観賞和賀岳登山(以下、登山)が開催されました。この登山は、7月上旬~中旬に見頃となるニッコウキスゲ(※1)の群生を観賞する目的で毎年開催されていました。しかし、登山口に通じる真木林道(市道真木線)が平成27年7月の豪雨災害により通行止めになり、昨年10月末に復旧したことから、3年ぶりの開催となりました。

本来であれば今年の開催は7月7日(土曜日)の予定でしたが、強雨により8日(日曜日)に順延となりました。8日当日も不安定な空模様でしたが、雨は降っておらず登山を開催することができました。

 

現地に到着し、例年どおりガイドリーダーを務める倉田陽一さん(秋田県立自然公園管理員)から登山における注意事項を説明してもらい登山が始まります。

 

午前6:30に甘露水口(かんろすいぐち)登山口から登りはじめます。登山コースは、はじめから急な登り坂なので、登山経験があっても最初はゆっくりとしたペースで進みます。

急な登山道に息が上がりますが、ブナ林の静かな雰囲気が参加者を迎えてくれます。

しだいに背の高い木々が少なくなり、尾根(稜線上)に出ると視界が開け、疲れも少し和らぎます。しばらく歩くと再び急坂となり、藪(やぶ)が濃くなりますが、薬師岳まではもう少し。

 

薬師岳山頂を過ぎると、ニッコウキスゲの群生がある「薬師平」にたどり着きます。ここが和賀岳・薬師連山の見どころの一つですが、ガイドの方によると、登山当日が今年の満開時期とのことでした。ガス(霧)がかかるあいにくの天気でしたが、ときおり見える青空と花の黄色と緑のコントラストがとても綺麗でした。

 

薬師平を過ぎると、小杉山(こすぎやま)分岐、小鷲倉(こわしくら)と中継地点が続きます。先ほどよりもさらに濃い笹藪や急坂。参加者は険しい登山道に悪戦苦闘しながらも一歩一歩足を進めます。

小鷲倉から約30分、目標の「和賀岳」山頂まであと一歩です。

 

直線距離にして約8.4kmの往路を登り、午前11:30和賀岳に到着しました。山頂で昼食休憩をとった後、下山を開始しました。
当日の参加者は総勢29名。順延により参加者が少し減りましたが、怪我なく無事に夏の山行を楽しむことができました。

太田支所では、太田地域と美郷町にまたがる真木真昼県立自然公園を多くの方々に知ってもらおうと、毎年登山やウォーキングなどのイベントを実施しています。和賀岳・薬師連山や川口渓谷の遊歩道、太田交流の森(大台スキー場)など、「身近にある大自然」に触れてみてください。お待ちしています!!

 

(2018.7.8 和賀岳山頂にて)

 

 

※1 ニッコウキスゲ(日光黄管)
ユリ科の花。和賀岳を代表する花で和賀岳頂上、薬師岳の群生がすばらしい。スゲの名がついていますが、スゲの仲間ではなくユリ科に属します。別名ゼンテイカ。

※2 和賀岳・薬師連山の登山について
和賀岳・薬師連山の登山道は上級者向けのコースです。登山道の刈払い等維持管理作業は実施していますが、一部藪が濃い、道幅が極端に狭い、すべりやすい箇所等がありますので、十分な装備と余裕を持った計画を立てて登山をお楽しみください(登山口に「登山届」提出ポストがありますので提出をお願いします)。登山経験が浅い方は、民間のガイドの活用をお勧めします(市でガイドは実施していません)。

なお、和賀岳・薬師連山関連情報については下記ウェブサイトをご参照ください。
【和賀岳・薬師岳・真昼山登山情報】 (秋田県立自然公園管理員 倉田陽一さん開設・運営)

※3 和賀・薬師連山でみられる花について
今回の登山でみられた花は、後日、ブログで紹介いたします。お楽しみに!

 

太田北小 全校音楽劇のオーディション

今年で12回を数える太田北小学校(福山新悦校長・児童数40名)の全校音楽劇、今年度の本公演は10月28日(日)です。
北小を語るとき必ず話題になるのが全校で取り組む「音楽劇」です。ちなみに私は太田出身でないため、保護者でもOBでもありませんが、一度みたらすっかりリピーターとなり、3年連続で本公演に足を運んでいます。地域の皆さんの中にも、毎年楽しみにしている方がたくさんいます。

北小の全校音楽劇の第1回公演は平成19年度、当時の菊地清志校長先生が書いたオリジナルの物語を、太田文化プラザで上演しました。完成度の高さから、翌年度からは会場をドンパルに移し、その後は毎年ドンパルでの上演となっています。
大仙市内で最も児童数の少ない北小ですが、小規模校であることを生かした取り組みとして、児童全員が一人一役を担い責任を持って「全校音楽劇」をつくりあげています。脚本・演技指導では、わらび座の方が協力してくださり、音楽劇を盛り上げる生演奏を地元有志でつくるミュージカルバンドが行うなど、地域住民とともに取り組んでいます。

昨年の本公演の様子

毎年のようにブログでも感動の公演の様子をお伝えしていますが、今年は本公演までの子ども達の取り組みも伝えたいと思い、まずは7月10日に行われたオーディションの様子を紹介します。

 

7月10日、北小の体育館で音楽劇のオーディションが行われました。全校児童40名のうち26名がオーディションに参加しました。オーディションの審査員は脚本を担当するわらび座の齋藤和美さんが務めました。低学年ではかわいい役をやりたい、高学年になると昨年と違うこんな役にチャレンジしたいなど、みんな強い意思をもってオーディションに参加したようです。率にして65%の子ども達が、自分の演じたい役を決め、セリフを覚え、オーディションにのぞんだことになります。この主体性は、全校音楽劇の取り組みの素晴らしさの一つだと思います。演じたい役を決める前には、きっと物語を理解する必要もありますし、その役への理解も必要です。やりたいという意志と、理解し表現しようとする努力、子ども達の主体的な関わりがあってこそのオーディションです。
子ども達の全校音楽劇に向かう気持ちの真剣さを感じました。

子ども達の取り組み方を知ることで、また一段と本公演が楽しみになりますね。北小の皆さん、配役が決まったら練習にもお邪魔しますよ~。応援をこめて、発信していきたいと思います!

東今泉八幡太鼓 青少年育成功労で県表彰受賞

太田地域の東今泉八幡太鼓(大信田悟代表)は、昭和55年結成の太鼓演奏グループです。現在は小学生から大人まで総勢21名で活動しています。

東今泉集落にある神社で古くから奉納されていた神楽(かぐら)が廃れたことを憂いた当時の青年達が、「神楽を残していきたい」「地域を元気にしたい」との思いから東今泉八幡太鼓の活動がスタートしました。お囃子をモチーフした創作太鼓演奏から始まり、神社祭典への奉納を中心とした活動をするうちに、技術を磨き知名度をあげ、現在では県内外のイベントにも多数出演するような団体へと成長しました。

H30.2.3太田の火まつりに出演する東今泉八幡太鼓の皆さん

平成11年には、ジュニアチームを発足し、後世に芸術文化を継承するという大事な役目を果たしつつ、太鼓の練習や、その成果を多くの人にお披露目することを通じて、青少年の心身の健全な育成をはかっています。また、平成26年からは大曲農業高等学校太田分校が全校生徒で取り組んでいる「全校民謡」の一環として、生徒に対して太鼓指導を継続的に行っています。
このような積極的な活動から、このたび、青少年育成秋田県民会議の表彰を受けました。今年、この表彰を受けた団体は全県で3団体、大仙市では「東今泉八幡太鼓」のみです。

表彰式に参加した大信田悟代表

 

この表彰を受け、6月9日には、「東今泉八幡太鼓」の現メンバー、結成当初のメンバー、活動を支える地域の皆さんが参加して、受賞をお祝いする会が開かれました。
大信田代表から「私たちの東今泉八幡太鼓は結成38年となり、秋田県で一番歴史が古い太鼓グループとなった。結成当初は練習場所がなく、太田公民館に落ち着くまで神社の境内や大台スキー場の駐車場など練習の度にいろんなところに移動して歩き苦労した。太田公民館が練習会場となり30年余り、今まで続けてこられたのは毎度こころよく練習場所を提供してくださる太田公民館と、公民館から大きな太鼓の音が響いても苦情一つない地域のみなさまのおかげだと、深く感謝している。平成25年に宝くじ助成を受けて太鼓の修理をしたが、このとき修理完了を確認に来た宝くじ協会の方が、私たちの練習場所である公民館集会室の『天に轟(とどろ)き、地に響く、東今泉八幡太鼓 がんばりを応援します 太田公民館』という掲示を見て、こんなにも地域から応援してもらっている太鼓グループは、日本全国どこにもないと大変驚いていた。練習場所の確保に苦慮している太鼓グループが多く、私たちは本当に恵まれている。今回の受賞を励みに、さらに頑張っていきたい」と感謝の言葉が述べられました。喜びを関係者みんなで分かち合い「おめでとうございます」の趣旨で、この会が開催されたと思いきや、なんと団体の側から「このような表彰をいただき、ありがとうございます」という想いで、開催されたとのこと。
謙虚さと、地域を想う気持ちが強く感じられます。結成時から「地域を元気にしたい」と活動されてきたその趣旨を変えることなく活動を続けてきた姿に、本当に感謝と敬意を感じます。
「東今泉八幡太鼓」の皆さん、この度はおめでとうございます。皆さんの活動は、地域の誇りです。これからも、今までどおりそしてますますご活躍ください。イベント時にはまたよろしくお願いしますね!

梅雨の季節に 「アジサイ」コレクション

梅雨の季節だからこそ、雨を味方にした話題をと思い、太田からは、雨をまとった「アジサイ」コレクションをお伝えします。

撮影に向かった先は、横沢公園。ちょうど雨があがった瞬間に到着、みずみずしい水色・紫・ピンク・白の「アジサイ」をパチリとしてきました。
アジサイは根っこから吸収されるph値によって花色を変える植物です。土壌が酸性の場合は青色の花となり、逆にアルカリ性の場合はピンク色になります。
そこまでは、事前に知っていたのですが、なんとアジサイの花色、もともとはピンクだそうです。個人的には水色や紫の青系のイメージが強かったため、意外でした。
酸性の土壌にはアルミニウムが含まれており、アジサイが持つアントシアニンと土壌のアルミニウムが結びつくことで、花色が青色に変化するそうです。そして、花の老化とともにアルミニウムの吸収が少なくなることから、最後には青色の花もだんだんとピンク色に近づいていくとのこと。「アジサイ」の色の違い、見る視点がまた一つ増えましたね。

 

そして、アジサイの花言葉ですが、たくさんあって紹介しきれないので「アジサイ」コレクションにちなみ、色別に紹介します。

アジサイの白色 花言葉は「寛容」

土壌のph値により、青やピンクに花色を変えるアジサイですが、なかには白色の品種もあります。青、ピンクどちらでもなくどの色にも染まれる白色から、「寛容」という花言葉が生まれました。

 

アジサイのピンク色 花言葉は「元気な女性」

花のピンク色はとても可愛らしくまるでピョンピョン跳ねているようでもあり、まさに「元気な女性」という花言葉がぴったりです。

 

アジサイの青色の花言葉「忍耐強い愛」

アジサイは生命力の強い植物で、自然のままに放っておいても毎年美しい花を咲かせ見るものを楽しませてくれます。そんな花の姿からつけられた花言葉です。

 

気分が滅入りそうな梅雨ですが、色とりどりに元気に咲くアジサイをみて、パワーをもらった気がしました。そして、タイミングよく、横沢公園をフィールドワークで訪れた太田東小学校の2年生の皆さんを発見!手をつないで寄り添って歩くその姿と帽子の色が「アジサイ」コレクションの一つみたいで思わずシャッターを切ってしまいました(笑)

 

色だけでなく花びらの形もそれぞれ違って、「アジサイ」のお花見もなかなか見応え充分ですよ。横沢公園の「アジサイ」は、つぼみも多くしばらく見ごろが続きます。
季節の花が様々に咲く花の公園、横沢公園に皆さんも足を運んで、いろんな「アジサイ」を探してみてください♪雨で滅入る気持ちも吹き飛びますよ。

横沢曲がりねぎ 太田南小で定植

太田町横沢特産の「横沢曲がりねぎ」は、柔らかく独特のぬめりと香りがあることが特徴です。普通のネギは1年で収穫されますが、「横沢曲がりねぎ」は途中掘起こして寝かせて土を覆うという手間をかけるため、収穫まで2年余りかかります。横沢の土壌は黒ボクと赤土、この二つの土がほどよく混じりあった土壌で、もともとネギの栽培に適してるのに加え、手間をかけたことにより堅い葉が朽ちて柔らかい新葉が伸び、白根は土中で曲がって風味を増します。柔らかいため青い部分の先の方まで食べられます。生は辛みが強く薬味にも適しており、火を通すと甘味が強いという優れものです。
歴史もあり、江戸時代の紀行家菅江真澄が「月の出羽路」に「ことに横沢ねぶか(ネギ)とて、いと多く産生せり、味あまし」と書いて賞賛しているほどです。
この「横沢曲がりねぎ」は「秋田の伝統野菜」となっています。秋田の伝統野菜とは、昭和30年以前から県内で栽培されていたこと、地名や人名がついているなど秋田県に由来していること、現在でも種子や苗があり手に入ることという要件をすべて満たす野菜です。

6月22日、横沢地域に立地する太田南小学校でこの地域特産の伝統野菜「横沢曲がりねぎ」の定植が行われました。指導役に、太田地域の東部新規就農者研修施設からネギを担当している下田光さんと藤城みどりさんが、そして「横沢曲がりねぎ」に詳しい地元農家の長澤猛さんが訪れ、3年生と一緒に作業を行いました。挨拶や指導役の先生方の自己紹介が終わると、長澤さんから「横沢曲がりねぎ」について説明がされました。「佐竹の殿様が狩りの途中、横沢で宿泊休憩をしたとき、おもてなしがよかったことから、水戸のネギの種をもらったと伝わっています。歴史のある伝統野菜なんですよ。伝統野菜は秋田県では30品目。そのうち大仙市は4品目、亀の助ねぎ・仙北丸なす・石橋ごぼう・横沢曲がりねぎの4つです。地域の大事な伝統野菜を今日はみんなに植えてもらいたいと思います」

説明を聞いて「横沢曲がりねぎ」について知ると、早速作業にはいります。まずは鍬を使って土を掘り起こすところから。鍬を使ったことがある人~?と聞かれると半分ほどの子ども達が手を挙げましたが、やり出すとみんなぎこちない動き。下田さんと藤城さんに教わり、交替しながら2列を掘り起しました。

次に掘り起こしたところに肥料をパラパラと入れていきます。下田さんは「みんなご飯食べるよね。この肥料は野菜にとってのご飯みたいなものだよ」とわかりやすく説明していました。

そしていよいよ定植です。ネギの苗は事前に長澤さんが準備してくださったもの。「苗に土をかける時は、分かれているところより上にかけると成長が止まっちゃうから、気を付けて」と注意事項を下田さん。

苗と苗の間隔について、「5~6㎝ぐらい」と言ってもどれくらい?「指の第2関節ぐらい」さらに?です。担任の先生が「今日見たちょうちょの幼虫ぐらい」と言うと3年生みんなが納得。一斉に植え付けに入りました。皆さん真剣にそして丁寧に次々と植えていきます。分かれ目のところに土がかからないよう、気をつけながら作業していました。定植作業の感想では「初めて植えていろいろ知れてよかった」「うまくできてよかった」「とても楽しかった」「普通のネギはみたことがあったけど、横沢曲がりねぎは初めてだった」という意見がありました。子ども達の感想からも単なる野菜の定植ではなく、「横沢曲がりねぎ」という野菜への関心が確かに感じられました。

今回作業した区画のとなりには成長した2年目の「横沢曲がりねぎ」が。

これは今の4年生が昨年植えたもので、今年収穫予定です。8月末には成長した「横沢曲がりねぎ」を掘り起して土をかけ1か月ほど寝かせてから収穫だそうです。学校では、なべっこの時にちょうどいいと狙いをつけています。

地域の伝統野菜を学校で育てるこの活動をサポートしている長澤さんは、学校が「横沢曲がりねぎ」という地域の宝を引き継ぐ場になることを期待しています。「先人の意思を引き継ぐ活動を、いまこそ学校で!太田南小学校の前身は『横沢小学校』やっぱり『横沢曲がりねぎ』を引き継いでもらいたい」と語ります。
学校で、育てて食べてを毎年繰り返していけば、自然と受け継がれていくのではないかなと思います。
長澤さんの言葉から知識を、活動からは想いが、子ども達に確実に伝わっているように感じました。
秋田の伝統野菜である「横沢曲がりねぎ」、この先も伝統は受け継がれるなと確信した取材でした。

太田南小学校のみなさん、なべっこの時もお邪魔しますよ~。おいしいコメントをお願いしますね~。

キジのおしどり夫婦

「桃太郎のおとも」で有名なキジ。野生のキジをみると、ちょっと心躍りませんか?やはり桃太郎での知名度、そして見た目の派手さや体の大きさが、特別感を持っているせいではないでしょうか。
そのキジですが、太田庁舎まわりでよく見かけます。5月中姿は見えないまま大きな泣き声が事務室に響いていましたが、最近声を聞かないと思ううちになんと夫婦になっているではありませんか!

あの大きな泣き声はパートナーを探していた声だったんですね。
キジはオスの方が大きくて全身が緑色で目の周りは赤色と鮮やか、一方メスは一回り小さくて地味な茶褐色をしています。
キジのおしどり夫婦ぶりを撮りたくてそっと後を追うのですが、なかなか警戒心が強い。キジは飛ぶことが苦手なため地上にいることが多く、そのぶん外敵が多いので警戒心が強いようです。追いかけまわすと、オスは茂みに隠れ、メスは木の上に飛び乗ってしまいました。予想より飛ぶなぁと思っていると、オスが「どこにいった~?」と言わんばかりに鳴きます。なんて野暮なことをしてしまったんだろうと反省し、これ以上の追跡調査は断念しました。
庁舎と太田中学校のグラウンドの間には、ドウダンの垣根が回されていますが、そこがちょうどよい隠れ場所になっています。巣もその一角にありそうな気配はしますが、住処を移されても寂しいのでそっとしておきます。

太田の中でも中心地にある太田庁舎ですが、その庁舎まわりにキジのおしどり夫婦が住み着いちゃうとは、自然の豊かさはもちろん人の穏やかさもあるのではないかなと思います。
キジに夫婦仲の良いところと、太田の良いところを教えてもらった気がした一コマでした。

注目!太田分校レストラン

太田地域の「地域の魅力再発見事業」として、『太田分校レストラン』が始まります。
「地域の魅力」を「再発見」しようと思った時に、太田地域では真っ先に地場産の米や野菜が思い浮かび「食」という発想がでます。これまでも、地場産野菜を使用した窯焼きピザで地域活性化を図る試みがありましたが、今年は太田地域の「人材力」「集いの場」の強みをプラスして『太田分校レストラン』にチャレンジします。
『太田分校レストラン』は、中里温泉のレストランを会場に、7月から来年1月まで、毎月1回オープンします。開店時間は11:00~14:00、ご飯・汁物・デザートつきのお弁当形式ランチを800円前後で提供します。メニューの考案や当日の調理補助・ウエイター・ウエイトレス役を分校生が担います。

今年、秋田県立大曲農業高校太田分校は創立70周年を迎えます。県内唯一の分校で、全校生徒49名と規模こそは小さいながらも、地域との交流を大事にしているため、地域からの信頼も厚い学校です。分校生の若い発想と人材力を活かしたい、周年の節目に記念になる事業を、そして高校生の皆さんの経験値アップをはかる機会としてもらいたい、そんな思いから企画した事業です。
また、レストランの会場となる中里温泉への注目度アップも狙いとしています。中里温泉は、太田町生活リゾート株式会社が運営、地域住民が集う憩いの場として親しまれています。レストランは、ランチタイム・ディナータイムともに好評で、地域に寄り添う味・ボリュームでお腹と心を満たしてくれています。レストラン機能や集客力など長年地域に親しまれてきた中里温泉の強みを存分に発揮していただこうと考えています。

第1回目のオープンは7月17日(火)。この1回目のオープンに向けて、太田分校・中里温泉・太田支所地域活性化推進室で、打合せを重ねています。

5月21日、初顔合わせの打合せ会。太田分校からは、情報共有コースの3年生7名が、このプロジェクトに参加してくれます。エプロンのデザインも決まりました。メニューの考案について分校生に宿題が出されました。

 

5月31日、メニューについての打合せ会。分校生の考えたメニューをプレゼンテーションしてもらいました。ご飯・汁物・おかず5品・デザートについて、旬の食材を使っていること、バランスが良いこと、大仙市10食品群チェックシートを意識すること、を条件に考えたものです。7名それぞれに素晴らしい内容でした。

発想が良いことはもちろん、たくさん調べて考えてくれたことがわかる力作ばかりです。メインは?揚げ物、煮物などはどれを選んだらいいか?迷い悩む議論の中で、耳を傾けていた中里温泉の星宮料理長は、「どれもがんばって考えたものだから、それぞれの献立どおりの7種類全部のお弁当を作ろう!」とキップのいい一言。毎月1回で、7回オープンするのに合わせて7名それぞれのメニューを採用してくださることに決まりました。お互いを想うところから協働の事業が始まる、そんな良さを感じました。

 

6月5日、メニュー試食会。中里温泉レストランで、1回目の開催となる7月17日のメニューについて試食が行われました。

今回は戸部さんが考案したメニュー、題して「盛夏のお弁当」
当日のお楽しみにしていただくため、今は写真はお見せできませんが、ボリュームが良くて、野菜がたっぷり。食いしん坊で、健康に気を遣っているつもりの私は絶対食べに行こうと思っています!戸部さんは「想像をはるかに上回っています」と感想を述べてくれました。こだわりは自身の好物であるブロッコリーをつかった献立。ブロッコリーはもちろん分校産を使用します。食べながら「お母さんにも食べさせたい」と戸部さん。素直な分校生らしいと温かい気持ちになりました。高校生が地域のためにがんばる姿、きっと味だけじゃない美味しさがあるはず。家族の方だけに限りません。ぜひ、レストランオープン時にはたくさんの方にランチに来ていただきたいなと思います。

着々とオープンに向けて準備が進み、分校生はメニューのチラシを作成したり、箸置きなどのテーブル小物を作成しているようです。さらに店内の飾りやメニューボードも準備中とのこと。『太田分校レストラン』は7月から来年1月まで、月1回だけのオープンですよ。場所は中里温泉。大注目の『太田分校レストラン』、7月17日はぜひ太田におこしください!

※太田分校レストラン オープン予定日
7月17日(火)
8月28日(火)
9月25日(火)
10月23日(火)
11月27日(火)
12月20日(木)
1月24日(木)
※いずれの日も限定50食となります。
日程については直前にお確かめください。

降らせよう 輝く栄光のしずく

6月15日から大曲仙北中学校総合体育大会が始まります。
6月13日には、太田中学校で総体にむけての激励集会が行われました。保護者の皆さんや地域の皆さん、そして太田の3小学校の6年生も応援に駆けつけました。
毎年、激励集会は大変盛り上がります。戦いに向かう運動部の皆さん、それを応援する吹奏楽部や美術部の皆さん、先生方、保護者の皆さん、地域の皆さん、みんなの一体感が感じられる集会だからではないかなと思います。
応援したいけど会場に足を運べなかった地域の皆さんのために、集会の様子を紹介します。

運動部の皆さんが入場してくると大きな拍手で迎えられます。

プラカードやステージの看板も太中生の手によるものです。

それぞれの部活のメンバー紹介がされ主将から意気込みが語られました。

「このメンバーで1試合でも多くプレーできるようにがんばってきたい」「コートの神様に味方してもらえるように、コートマナーをよくしてプレーしたい」「笑顔で帰ってこれるように最高のプレーをしてきます」各主将から、自分たちの言葉で意気込みが語られます。

その後、各部活の活動をまとめた映像が流され、こちらも編集は生徒自らが担当したそうです。

先生方の応援ショーも笑いの絶えないものでしたが、こちらは拡散禁止!と念を押されましたので、紹介は控えます。

応援団から運動部の皆さんにエールが送られます。

さらに、運動部の方から応援団を務めたサッカー部の方にエールが送られました。サッカー部は時期を違えて8月の大会が控えていることから、エールの返礼が行われたものです。素敵な光景だなと、学校の雰囲気に感心しました。

最後は各主将が集まり、クス玉を割ります。

「降らせよう 輝く栄光のしずく」こちらも美術部の皆さんが作製したものだそうです。
総体にむけての激励集会は、学校全体に人を思いやる気持ちが溢れていることに気づかされる素敵な集会でした。今年の生徒会スローガンは「煌華結輪(おうかゆうりん)~広げよう心繋ぐ太中の波紋~」まさに、それを実行しているような気がしました。そして、毎年のように地域の皆さんや地域の小学生が応援に訪れるところには、地域全体で太中生を応援しようという気持ちが感じられます。地域の中学生の活躍をみんなで応援したいですね。「輝く栄光のしずく」が太中生に降り注ぎますように☆健闘を祈っています!

太田地域の転作確認

毎年この時期に行われている転作確認を取材してきました。
転作と減反政策について、あらためて調べてみると、、、

【減反政策(転作)】
1970年(昭和45年)から始まった米の生産量の調整。米あまり(米の供給過剰)による米価の下落を防ぐために耕地(田んぼ)での米の生産数量の調整と米以外の作物を生産することを推進してきた事業

今年度、長年続けられてきた国による減反政策が廃止されました。これに伴い、今まで米の生産数量目標に従うことで助成されていた「米の直接支払交付金」も廃止されました。しかし、秋田県農業再生協議会では米価安定のため、米の「生産数量目標」に代わる「生産の目安」(※1)を定め、実質的な減反が続けられていることから、米の作付状況の確認が必要となります。このほか、米の直接支払交付金廃止後も経営所得安定対策等による水田活用や畑作物に対する交付金等は続けられており、転作作物の作付状況や面積が、農家の申告どおり適切に行われているかという確認を兼ねて、太田地域では5月31日から6月8日まで転作確認作業が実施されました。

転作確認ではまず、各集落単位等、一程度に取り纏めた営農計画書を事前に提出していただきます。確認日に集落推進員の方々と共にそれらの最終確認を行い、現地確認へと向かいます。

現地確認では、営農計画書と実際の転作状況を突合し、事前に申告されている作付面積や作物の種類にズレがないかを確認していきます。

米の需要が減少する中で、米の生産規模を拡大し効率化を図る方もいれば、転作作物に重点を置く方もいるかと思います。従来の減反政策は、国主導の農業政策であり、生産数量目標に従うことで米の直接支払交付金が助成されていましたが、今年度から廃止になったことで、今後は各自治体や農業経営者、農家らが「主体的」に「何を栽培し、どう販売していくか」を考えていかなければならない時代となってきているようです。(他地域の農業法人では独自に海外への販路を開拓し通年の米販売を実現している等の例もあります)

太田地域は県内でもトップクラス(※2)の農業地域であり、その時の農業政策を先進的に活用してきています。農政の転換期を迎えた今、太田地域の農業により注目していきたいと思いますし、市民のみなさんにもそれぞれの地域でどんな農産物が生産されているかなど、地域の農業に関心をもっていただければと思います。

 

※1 平成30年度 大仙市の「生産の目安」設定率:56.4%(転作率:43.6%)

※2 夏のビールのつまみに欠かせない枝豆。太田地域は、秋田県一の枝豆の産地である。秋田県では、日本一の枝豆の産地をめざしており、太田地域はその先導役を担っています。
太田地域の園芸作物(野菜、花、きのこ等)の生産は、秋田おばこ農協管内(大仙市、仙北市、美郷町)でトップです。

平成29年度
太田地域の園芸作物出荷実績 4億6,229万円
大仙市全体 13億7,073万円
秋田おばこ農協管内全体 23億3,032万円

※ 過去のブログ
2017年(平成29年度)

高禮建設の地域貢献活動

太田町斉内の高禮建設株式会社では、毎年「地域貢献活動」として地域の安全を支えるような奉仕活動を行っています。毎年カーブミラー清掃をしてくださっていますが、今年は高禮建設のすぐお隣にある太田東小学校でプール清掃を行いました。

6月に入ったばかりというのに、連日の暑さ。子ども達にとっては、プール開きが待ち遠しいことと思います。今回のプール清掃は、高禮建設から東小学校へ提案した活動だそうです。小学生の子どもを持つ私としては、建設会社の皆さんが学校のプールをキレイにしてくれるなんて、うらやましいかぎりです。子ども達はもちろん先生たちもどんなにか心強いことでしょう。
太田東小学校では、子ども達がプールにたまった落ち葉を取り除いて、高禮建設の皆さんが来るのを待っていたようです。プール清掃に訪れたのは高禮建設の5名の従業員、2台の高圧洗浄機を持参しプールサイドのこびりついた土汚れを洗い流したり、手洗い場を磨き洗いしたり、プールまわりの柵の塗装を塗りなおしたりしていました。高圧洗浄機や塗装用品を準備したりというのは、やはり建設業者ならではですね。高圧洗浄機で流し終えた部分はキレイさが違い、一目瞭然。暑さの中、もくもくと作業をされる姿にプロの仕事ぶりを感じました。高禮建設の戸嶋専務取締役は「東小学校のプール清掃をするのは2回目だな。このプールの施工もうちの会社がした。キレイにしねねべった」と話してくれました。プールサイドが終われば、プールの中もキレイにする予定で、一日で終われないかもしれないと戸嶋専務。妥協を許さないプロの仕事は、工事現場でもプールサイドでも同じなんだなと感じました。

高禮建設の皆さん、ありがとうございました。土木工事や道路工事という大きな安全から、身近な安全まで、頼りになる建設会社だと改めて感じました。これからも太田地域の安全を守る活動をお願いします!

太田の農業女子☆ありさ

田植えもようやく一段落。5月中旬から下旬にかけて、太田地域ではあちらこちらで田植えの風景が見られました。太田で農作業の風景は特段珍しくありませんが、若い女性が農作業をがんばる姿は、見逃せない風景です。太田の農業女子・小松有沙(ありさ)さんの春作業風景をお伝えします。

小松有沙さんは太田町斉内在住の25歳。背が高くてすらっとしたスタイル、小顔の美人さん、私はいつもリカちゃん人形みたいだなと思っています(笑)そんなかわいらしい彼女が、ごくごく自然に農作業をしています。
有沙さんの家は14代続く稲作農家。今はお父さんとおばあさんも一緒に田んぼに出ています。お勤めのお母さんがお休みの日は、お母さんも田んぼに出るそうです。農業法人が増えてきた太田ですが、家族経営でがんばっています。
5月の末、代掻きと田植えにお邪魔してきました。
代掻きは、2台のトラクターを使い、お父さんと有沙さんがそれぞれに作業を進めます。
有沙さんも慣れた操作でどんどん進んでいきます。
5月28日の時点で、まだ6町歩ほどがこれから植え付けとのこと。今年の作付は18町歩、来年は20町歩を超えるだろうと、びっくりな規模のお話をしてくれました。家族経営でそれだけの作付をしているなんてびっくりです。有沙さんは、自らが作業して収穫したお米を「ありさこまち」と銘打ち、現在商標登録の申請中だそうです。今年の秋には、ブランド化した「ありさこまち」がお目見えしそうです。

田植え作業は、8条植えの田植え機を使用し、有沙さんとお父さんが交代しながら運転とならし作業とを行っていました。父娘のチームワークもばっちりです。有沙さんの田植え機の扱いも慣れたもの、カメラに気づいてポーズをとってくれる余裕もありますが、真剣な表情もキリッとして素敵です。有沙さんの作業を見つめるお父さんは、「農業を継いでほしいと言葉にしたことはないんだけど、ここにいると言って農業をやってるな。太田には就農者の研修施設もあるが、わが家のやり方を教えている。自分は稲作一本でやってきたから、有沙もその姿を見てるんだな、米づくりをがんばってるな」と本当にうれしそうです。「ありさこまち」の商標登録について聞くと、「自分で考えてやってる。全部任せてる」とのこと。父娘のいい信頼関係があってこそだなと強く感じます。
「ありさこまち」は、苗の間隔を広く植えて作付しているそうです。周囲の田んぼの苗と比較しても、間隔の広さは一目瞭然、型付けを使用した手植えの時とほぼ同じ間隔だそうです。苗の間隔が広いことで、ほ場でのびのびと生育し米粒の大きな稲穂になるため、植えつける苗は少なくても1反歩あたりの米の収量としてはほとんど変わらないそうです。のびのびと成長する稲穂と、のびのびと農作業をする有沙さんの姿が重なり、「ありさこまち」の名称に妙に納得してしまいました。

農業を取り巻く環境がめまぐるしく変わる中で、農業女子という新しいワードが生まれ、イマドキな農業スタイルを感じつつも、太田の農業女子には、農を継ぐ昔ながらの良さを教えてもらいました。
有沙さん、また秋の農作業の時にはお邪魔させてくださいね。
「ありさこまち」の収穫を楽しみにしています♪

太田分校全校田植え競技会

今年も、毎年恒例の太田分校全校田植え競技会が開催されました。毎年この行事をブログでお伝えしていますが(※下記ブログリンク参照)、この活気をぜひ市民のみなさんにもお伝えしたいと思い、今年は動画での投稿にチャレンジしました。ぜひご覧ください。

※ 過去のブログ
2017年(平成29年度)
2016年(平成28年度)

 

昨年と同様に、秋田県内を中心に活躍されているタレントのシャバ駄馬男さん、ケースケ&マサさん、秋田住みます芸人の桂三河さんがゲストとして各学年のサポートにまわっています。
結果はやはり経験豊富な3年生の優勝となりましたが、どの学年もきれいに植えられていました。閉会式ではゲストの方々からコメントをいただきました。

シャバ駄馬男さん(1年生サポート)
「1年生と、とっとこハム太郎パワーで頑張った。しかし、腰を曲げて歌いながらのこのスタイルが昔のスタンダードな田植え。秋の収穫が楽しみ。つらいことがあっても今日のような笑顔でいよう!」

桂三河さん(2年生サポート)
「作戦会議では苗をいっぱい持つ作戦としたが、持ちすぎて腰が痛くなってしまった。来年こそは優勝を目指したい」

ケースケ&マサさん(3年生サポート)
「3年生は早く、自分たちが遅かった。終盤は先生が自分たちの分をやってくれた。3年生と最後のコラボで優勝できて良かった」

ゲストのみなさんと生徒との連携がすばらしかったです。

そして閉会式では、渡部教頭先生と農業担当の高橋先生から講評がありました。

渡部先生 「みなさん(生徒)の笑顔がとても活き活きしていた。昔は田んぼ1枚から1人1年分の米がとれていた。今回は2枚分を植えたので、全校生徒49名分を植えるとすると、あと47枚植えることになり、昔の人たちの苦労がうかがえる。先人たちの苦労のもとで今があることを実感してもらえたと思う」

高橋先生 「例年よりも田んぼが大きくなり、2,3年生は苦労したと思うが、やはり上手かった。1年生は初めての経験だったが、例年、田の中で転ぶ生徒がいる中で、今年は誰も転ばなかったのは立派。秋においしい米が食べられることを楽しみにしている」

また、渡部先生の講評では「さなぶり」の由来が話されました。さなぶりとは、山の神様「さ」が田植えの時期に農作業を見守るため下山し、田植えが終わると山に帰る(登る)ことから「さ のぼり」→「さ なぶり」となり、農作業をみなで頑張ったことを慰労するとともに、山の神様に感謝をする行事となっているそうです。
農業とは縁遠い私でしたが、今回の取材で農業の奥深さや伝統の由来について知ることができました。秋の収穫までには、まだまだ苦労があるかと思いますが、収穫が一段と楽しみになりましたね。

太田町中里 薬師神社の「おにょ様」

こちらは太田町中里二十町の沿道に佇む薬師神社。
決して大きな神社ではありませんが、鳥居の横に飾られている真っ赤な「おにょ様」のお面が印象的な神社です。
「おにょ様」とは県南地区に数多くある道祖神の一種で、胴体に見立てた藁や岩などに、仁王様(お仁王様)のお面を被せ、交通の神や防塞の神として祀ってきた神体の呼称です。
この薬師神社のおにょ様も、かつては藁で作られた胴体があったそうですが、いつしか作られなくなり、今では残されたお面が地域の人々を見守っています。

さて先日、この薬師神社で秋田朝日放送の『ぷあぷあ金星』の番組収録が行われました。
ぷあぷあ金星、略して『ぷあ金』の呼び名で秋田県民に親しまれているこちらの番組は、ローカルタレントのバリトン伊藤さん、シャバ駄馬男さんが出演し、『気になること、やりたいこと』を県内各地で実践、発信し続けているバラエティー番組です。
今回は『県南地域の道祖神(おにょ様)を巡り、出演者がその似顔絵を描く』企画だそうで、数ある候補の中から大仙市では中仙地域と太田地域が選ばれ、太田地域では中里の「おにょ様」を取り上げていただけることになりました。
太田地域での番組収録は初めてとのことで、テレビ局の担当者とやり取りしたのをきっかけに、収録の現場に立ち合わせていただくことができました。

この日はバリトン伊藤さん、シャバ駄馬男さんのお二人に、同じくローカルタレントの石塚公評(いしづかこうへい)さんと、長年にわたってこの薬師神社の管理をされている佐藤春雄さんを加え、収録がスタート。
収録が始まったのは、日もだいぶ傾いた午後5時ころ。
春雄さんの案内のもと、おにょ様のお面とご対面です。

おにょ様を紹介しながら、春雄さんはこんな思い出話をされました。

春雄さんがまだ20歳くらいの頃、神社周辺のほ場を整備するため、ご神体を少し離れた古四王神社に動かしたことがありました。
当時、春雄さんの母は病床に伏していたそうですが、ある日その枕元におにょ様が立ち、元に立っていた場所へ帰りたいと訴える夢を見たのだそうです。
それを聞いた春雄さんのお父さんはただ事ではないと驚き、集落の人を集め、急いでご神体を元あった場所に戻したとのこと・・・

まだ若かった春雄さんは、人間の都合で神様を軽んずることの愚かさを痛感するとともに、即座に行動する父の力強さを頼もしく感じた体験として、忘れられない思い出になっているのだそうです。

続いて、神社の中へ。
この神社は、経年による老朽化が激しかったことから、春雄さんが資金をやりくりし、平成23年度に改修工事を行いました。
神社の中には、おにょ様がかつて胴体を持ち、集落で祀られていたことを裏付ける貴重な写真(昭和30年ころ撮影)もしっかり保管されていました。
写真を懐かしげに眺めながら当時のことを話す春雄さん、そして聞き入る皆さん。
春雄さんからひととおり話を聞いた後は、いよいよ似顔絵の作成に移ります。
お面の前に、出演者3人が並び、スケッチブック片手に似顔絵を描きあげていきます。

そして30分が経過。
完成した似顔絵は、カメラの前で一人ずつ春雄さんにお披露目されました。

どんな似顔絵が描かれたのかは、ぜひ番組内にてご覧いただきたいところですが、
忠実さを追求したものもあれば、歌が大好きだという春雄さんに寄せて描かれたもの、そして春雄さんが大ファンである北島三郎に寄せて描かれたものもあり、3人が全て違う観点でおにょ様の似顔絵を描きあげていました。

3人の描いた似顔絵に感動した春雄さんは、その場で大好きな北島三郎の「山」を熱唱し、収録の最後を飾りました。

収録を終えて、春雄さんは
「今年で85歳になった。それでもこうして元気で外に出て農業を続けられているのは、薬師神社の神様に見守られているからであるような気がする。なによりも、こうして人が来てくれること、自分が手をかけてきたものを話題にしてくれることが嬉しい」
と語っていました。

防塞の神として、地域に邪気が近寄らないように見守る「おにょ様」。
そのおにょ様が今こうして残っているのも、それを大切に見守る人がいたからこそ。

春雄さんが想いを込めて見守ってきた神社と「おにょ様」が、こうして話題になることを私も嬉しく感じながら現場を後にしました。

この収録の様子は、6月8日(金)24時15分から、秋田朝日放送で放送される予定です。
少し遅い時間帯ではありますが、是非ご覧ください!

鈴木裕樹君を応援する会10周年

わらび座の舞台役者である鈴木裕樹君を応援する会総会が5月27日、会員約70名が集まり奥羽山荘で開かれました。

大信田哲男会長が「平成21年7月4日に設立総会を開催し、今回の総会で10回目となった。設立総会のとき裕樹君は『坊ちゃん!』の山あらし役を演じていて、はかま姿に少しひげを伸ばした姿が思い出される。このときの写真を見ると、裕樹君も我々もみんな若く、10年の歳月を感じる。会員70名から始まり、当初は何年続くかと思っていたが、きょう現在会員は162名となった。この間、裕樹君は押しも押されぬわらび座の看板役者に成長した。今後ますます活躍が期待される裕樹君をみんなで応援していきたい」とあいさつ。

そして裕樹君から「秋田大学を4年で中退してわらび座の研究生になった。研究生の同期は6人いたが、役者を続けているのは私ひとりである。役者を仕事としてやっていけるか不安なときもあったが、こうして10年間みなさんに応援していただき、自分が選んだ道は間違いではなかったと思う。振り返ってみると、研究生2年目のときに『義経』で初めて舞台に上がったが、何にもできなくて演出家に二度とオマエを使わないと言われた。あまりにも自分が情けなく、初舞台の記憶が無い。その後、『坊ちゃん!』の全国公演で妻に出逢い、小劇場公演の『キューピットはどこ?』で初主演を演じた。『山神様のおくりもの』でわらび劇場公演の初主演を演じ、2011年の『アトム』全国公演ツアー出発2日前にドンパルで2時45分からのゲネプロ直前に激しい揺れがあり東日本大震災が発生した。アトムの初日は3月13日の能代公演で、震災による停電もあり、公演が行われるかどうかわからないままバスに毛布や食料などを詰め込み出発し、震災で大変な状況の中、能代市の判断で公演が予定どおり行われた。能代公演のあとは広島へ移動することになっていたが、途中ホテルに泊まれるかどうかもわからず、車中泊を覚悟してバスに非常食などをたくさん積んで向かった。その後『おもひでぽろぽろ』で脱サラした農業青年役を演じたが、田んぼに囲まれ、畑で遊んだ太田での子ども時代の生活が農業青年の泥くさい役に活かされ、この役はお前にぴったりだと演出家から褒められたことで以後の演目の役に抜擢された。おもひでぽろぽろでは、元宝塚歌劇団のトップスターであった杜けあきさんと浅海ひかるさんが特別出演した公演があり、このときの舞台は忘れがたい。また、初めて地元を題材にした『大曲花火物語』では、花火職人役と創造花火の発案者である佐藤勲さん役を演じたが、佐藤勲さんという素晴らしい人がいたことに演じていて感銘した。『為三さん!』は成田為三と倉田政嗣の友情物語でもあるが、私の代表作となった思い出深い作品である。現在は『KINJIRO!』の全国公演で各地を回っている。こうして一人の役者を地元のみなさんが応援してくれる会があるのは、全国でも私ひとりではないかと思う。これからも生まれ育った太田への感謝と、泥くささ、土くささを忘れることなく演技に励んでいきたい」と10年間を振り返りながら感謝の言葉が述べられました。

この後、KINJIRO!に出演している役者6人(平野進一さん・遠藤浩子さん・小沢剛さん・片村仁彦さん・黒木いづみさん・神谷あすみさん)とともに、歌や演奏、ミュージカルの想い出深い場面の再演などのミニ公演が披露されました。
裕樹君を応援する会の総会と忘年会の際には裕樹君の仲間も駆付け、毎回、ミニ公演を披露してくれます。今回も公演の終盤には出席者が巻き込まれ、参加者全員で踊った後、みんなで秋田県民歌を歌っておひらきとなりました。

裕樹君を応援する会の会則趣旨には「鈴木裕樹君を応援することによって太田の町の絆を深める」とあります。総会はまさしくその趣旨を実感できる機会であると改めて感じます。そして、裕樹君へその応援の気持ちは十分に届いているのだと、確認できる機会でもあります。
また、ふるさと太田を遠く離れている「首都圏ふるさと太田会」の皆さんも、裕樹君を応援する気持ちは同じです。わらび座の東京公演が5月15日練馬文化センターであった際には、ふるさと太田会幹事の方々が『KINJIRO!』を観劇してくださっていました。そこにも、太田の町の絆の深まりを感じます。
10周年を迎えた鈴木裕樹君を応援する会、これからも太田の町の絆をより強くして、裕樹君を応援しつづけてくださいね♪

大台から水田を眺めて

田んぼに水が入り、田植えが始まっています。
大台スキー場から仙北平野を望むとき、この時期の水を張った田んぼが個人的には一番好きです。仙北平野は四季折々に、

春は鏡のように見え、

夏は緑の海に見え、

秋は黄金色の絨毯に見え、

冬は白と黒のモノトーンで生クリームにチョコチップをちりばめたように見えます。
チョコチップももちろん好きなのですが、この時期の水をたたえて鏡のように見える風景に一番心を動かされるのは、これから作付が始まる風景から生命力や希望を感じるせいではないかなと思います。

作付のスタートの風景を眺めながら、仙北平野で暮らす私たちの生活を、ここまで豊かにしてくれたのは、先人たちの土地改良事業によるものと想いを馳せます。

5月20日18:00頃

 

5月20日18:30頃

かつて太田は県内でも最も米取りの低い地区であったといいます。昭和30年代、何をおいても食糧増産の時代、米取りが悪いことから土壌調査を行ったところ「Pan(パン:鉄の還元層)ができている」ことがわかりました。生産性の高い農地にするためには、農地を掘り起しPanを取り除き、水不足を解消し、区画を整理する必要がありました。昭和30年、合併により新村が発足し策定された建設計画に基づき、全国で初めて村営土地改良事業に取り組みました。昭和33年度に事業採択されてから足掛け15年かけ、不整形田を整理拡大し、原始的な用排水路を全面的に改廃、用排水系統を整備するとともに、農道網の整備を図りました。先祖伝来の農地が動くというのは初めての体験であったため反対者も多かったのですが、事業の進捗とともに反当6俵から10俵に増え経済効果が倍増したことから理解を得ることができたそうです。また、国営及び県営事業により導水路の整備が図られ、田沢疏水や第二田沢幹線用水路、そして仙北平野一号幹線用水路が整備されました。水源はいずれも玉川、仙北平野を三本の水路が「川」の字を描くように縦断し、米どころ秋田の最大穀倉地帯を支える水脈となっています。
膨大な資金と労力を費やし、時にあった政策を練り上げ実行してきた先人たちの努力により、今の私たちの豊かな生活はあるのだと実感します。

四季折々の表情を見せる仙北平野を大台スキー場から眺める時、この豊かで美しい風景を作り上げてきた先人たちの努力に感謝を忘れてはいけない気がします。
そして現在を生きる私たちは、この風景・農地を守り続けていかなければいけませんね。
大台スキー場のパノラマロードを登ったら「風景」とともに「愛郷心」を楽しんでもらえたら嬉しいです。
ちなみに、がっつり晴れた日はむしろガスがかかることがあります。よりクリアに仙北平野を見渡したいときは、雨上がりの後のすきっと晴れた日が一番おススメですよ。

Thank you♪ See you♪ タラ先生の園訪問

5月15日は、前日がさむ~い日だったので、外の陽気がとっても身に沁みる一日となりました。こんな日はきっと、こども園に行ったらいいことがある!という絶対的な自信を持ち、園に電話を入れてみると、ALTのタラ先生がきてるよ~というナイスタイミング。早速、おおたわんぱくランドにお邪魔してきました。

いつもはALTとして太田中学校にいるタラ・スコット先生。イギリス出身の24歳、大仙市に来て3年になるそうです。日本の初在住が大仙市、来た当初はまったく日本語がわからなかったそうですが、今では聞くのも話すのもほぼ日本語でオッケー、私の日本語のみの質問にも快く答えてくださいました。タラ先生は、1か月に1度のペースでおおたわんぱくランドを訪問し、子ども達とふれあっています。遊びや生活の中の子ども達が知っているものを英語で教えたり、季節の遊びなどを通じて交流を図っているとのこと。今年の冬、園庭の雪山でそり遊びをしたことが楽しかったと教えてくださいました。

この日は、まず英語でタラ先生の自己紹介そして動物の名前を英語で学び、そのあと園庭で春の外遊びを楽しんでいました。子ども達はいつもタラ先生が来るとすごく喜んでいるそうですが、まさにその通りの光景が。広い園庭に女の子たちの密集地があり、その中心にタラ先生がいました。

「タラ先生~、私にも作って~」「タラ先生~みて~こんなにカエルとった~」「タラ先生~」とひっきりなしに「タラ先生」コールを受けていました。女の子たちがタラ先生手作りのタンポポの指輪や冠・ブレスレットを得意気に見せてくれました。 

もちろん作ってもらったあとには「Thank you♪」とにっこり。英語を学んだ成果もバッチリみせてくれました。タラ先生の優しく自然体な遊びに、子ども達が寄ってくるんだなと感じました。
名残惜しいようでしたが、お別れの時間、タラ先生を囲んで集合写真を撮り、最後は「See you♪」とハイタッチをしながらお別れ。

子ども達の「See you♪」に込められた「またね」は本心だろうなと思いながら、あたたかいふれあいの光景に出会い、心まであたたかくして帰ってきました。
タラ先生、おおたわんぱくランドの皆さん、突撃取材にもかかわらず、快く引き受けてくださりありがとうございました。来月もあたたかいふれあいを楽しんでくださいね。